小説で知る、アプリケーション開発契約書。①

アプリケーション開発契約をエンジニアが締結するにあたって考えることをストーリー仕立てにしたものです。

物語はすべてフィクションです。

第1章:独立の決意

「このままでいいのか……?」

高橋翔(仮名、35歳)は、オフィスの窓際に立ち、街を見下ろした。大手IT企業に勤めて10年。プログラミングの腕には自信があったし、会社でもそれなりに評価されていた。

しかし、ここ最近は会社の方針と自分のやりたいことのズレを強く感じるようになっていた。

彼が本当に作りたいのは、自由な発想で開発できるアプリケーションだった。だが、会社のプロジェクトは顧客の要求に応じるばかりで、クリエイティブな要素はほとんどない。

いつしか、上司の指示に従いながら、ただ仕様書通りのコードを書く日々に違和感を覚え始めていた。

「独立するしかないのか……」

翔は、PCの画面を見つめながらつぶやいた。すでにフリーランスとして活動している知人たちのSNSを眺めると、それぞれが自分のプロジェクトを立ち上げ、自由に仕事をしているように見えた。もちろん、リスクもある。しかし、今のまま何年も同じことを繰り返すよりは、挑戦する価値があるのではないか。

その夜、翔は長年の夢だった「独立」を決意し、法人を設立するための準備を始めた。

数カ月後、翔は正式に法人を立ち上げ、独立エンジニアとしての一歩を踏み出した。

そして、最初の大口案件の話が舞い込んできた。ある企業から、業務支援アプリの開発を委託されることになったのだ。

「ついに来たか……」

契約の話を進めるため、クライアントから送られてきたメールを開く。そこには「アプリケーション開発契約書」という添付ファイルがあった。翔は期待と不安の入り混じった気持ちで、それをダウンロードした。

しかし、契約書を開いた途端、彼の表情が固まった。

「何だこれ……?」

契約書には見慣れない専門用語が並び、どの条項が自分にとって不利なのかすら判別できない。開発の報酬、納期、仕様変更のルール、著作権の扱い——どれも重要なことは分かるが、適当にサインしていいものではない。

翔は改めて気づいた。

「エンジニアとしてのスキルだけじゃ、独立はできないんだ……」

このまま契約を進めるのは危険だと直感し、翔はすぐに信頼できる専門家の助けを借りることを決意した。彼は以前、知人から「独立するなら契約関係でトラブルにならないよう、弁護士をつけたほうがいい」とアドバイスされていたのを思い出し、ネットでIT関係に強い弁護士を探し始めた。

第2章:初めての契約書

翌日、翔は契約書のプリントアウトを前に、深くため息をついた。

「契約不適合責任? 知的財産権? 何を言っているんだ……?」

専門用語の羅列に目を通してみるが、意味が分からないものが多すぎる。彼は何度もスマホで検索しながら、少しずつ条項を読み解いていった。

しかし、調べても明確な答えが出ない部分も多く、判断が難しい。

特に気になったのは、知的財産権の扱いだった。

(納品したアプリの著作権はクライアントに譲渡する……? つまり、自分には何の権利も残らないってことか?)

翔は混乱した。これまで会社員として開発していたときは、契約のことなど考えたこともなかった。しかし、独立した今、契約内容一つで自分の将来が大きく左右されることを痛感する。

さらに、契約不適合責任についての条項にも不安を覚えた。

「開発後に不具合が見つかった場合、6カ月間は無償で修正対応を行うこと……?」

納品後に何か問題が発生した場合、その対応の負担はすべて翔にかかるという内容だった。クライアントの要望次第では、延々と無償対応を求められる可能性がある。

「これって……かなりリスクが高いんじゃないか?」

彼は再びため息をつき、パソコンの前で頭を抱えた。

「やっぱり、専門家に相談しよう……」

翔は意を決し、以前知人に勧められた弁護士の連絡先を探し始めた。IT関連に詳しい弁護士を見つけ、すぐに問い合わせフォームから相談予約を入れた。

数時間後、翔のスマホに着信が入った。

「もしもし、高橋翔さんでしょうか? 弁護士の小笠原と申します。」

低く落ち着いた声が耳に届く。

「はい、初めまして。契約書の件でご相談したいのですが……」

翔は緊張しながらも、状況を説明し始めた。これが、彼と弁護士・小笠原との出会いだった。

(続く)

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